「がんばらない介護」の最初の提唱者は竹永さんという男性介護者。この方は東京在住だったが、鹿児島の老親が重度の要介護状態になり、それまで世話をしていた他のご兄弟がお手上げになった後を引き次いで、当時(1999年)使える限りの社会サービスを結集し、ご自分は直接介護の手を下さず、各種の社会サービスのコーディネーターに徹するという方法で見事に介護をこなした。「情や世間体に引きずられずに、合理的に。自分自身の生活を大切にしよう。」と介護の世界に、合理主義と一種の「個人主義」の考え方を導入し、当時非常に大きな反響を呼んだ。
ここで、では対置すべきものとして「がんばる介護とは」を考えてみると、問題の本質がよく見えてくるのではないだろうか。
長年にわたり103歳の姑の介護をしていた73歳の嫁で、自分が子宮癌にかかってしまい、余命いくばくもない、という状態に陥った方がいる。この方の叫びは悲痛だ-「私の人生を返せ」と。
本田桂子さん。著明な作家丹羽文雄さんの娘で、自ら「私はファザコン娘」と称してはばからない。だが 「大好きだった」父丹羽文雄の介護のために蓄積したストレスのためにアルコール依存症に、そしてついに父母を残して過労死に至った。「老人ケアは一カ月二カ月という短期間で終わることは珍しく、一年、二年あるいは五年、十年とかかる長期戦です。ケアをする側の精神状態こそ、もっとも大切になってきます。もっと精神的に楽にケアできるよう、研究する余地は十分にあると思います。(中略)しかし、介護しなくてはいけない人がいる場合、どなたも同じだと思いますが、どこにいても、喉の奥に小骨が刺さっているような感じで、スッキリしません。寝ていても、脳の一部が老人のほうにひっぱられていて、常にどこかが緊張している状態なのです。だからよく眠れなくなってくる。何かも全部忘れてグッスリ休みたい。」(『父・丹羽文雄介護の日々』より)
介護における「ガンバリズム」の本質は肉体的な疲労よりも、絶えざる精神的ストレスが最悪なのである。これはおそらく当事者の立場にならないとわからないようだ。そこで考えられる対策とは何だろうか?
「私だけががんばらなくてもよい介護」の実践的なマニュアルを見つけた。以下は、カナダアルツハイマー病協会ホームページより
http://www.alzheimer.ca/
〔介護者自身をケアすることがなぜ必要か?〕「日々の生活のための『戦略』」
・病気について現実的であれ
・あなた自身に対して現実的であれ
・自分の感情を受け入れよ
・自分の気持ちを他の人と共有せよ
・良い面を見つけよ
・自分自身を大切にせよ
・自分自身の時間を確保せよ
・ユーモアを探そう
・介護の提供は大きな損失を伴う可能性があることを認識せよ
・手助けを見つけよ
(「痴呆性高齢者の家族支援に関する国際比較研究 報告書」国際長寿センター平成14年3月)
介護の世界の「ガンバリズム」には非常に複雑な事情が幾重にも絡んでいる。ここに言われている「ユーモアを探そう」というのは意味深だ。よく優れた俳優が「悲劇よりも喜劇を演ずる方がよほど難しい」と。悲劇は主観に感情を委ね、熱演すれば受ける。しかし喜劇に求められるのは、自らの位置-他者の関係を常に冷静に見据える、客観的精神である。
そういう意味では「介護の提供は大きな損失を伴うことのある可能性」を見据えること。つまり自分の人生を最優先してよいのだという、介護者の割り切りというか決意が必要だし、そのことへの社会的合意の形成が必要だ。まず当事者がそのハラを決めることだろう。
大上段にいえば『介護される側の人権とともに介護する側の人権』そのバランスをとることについて社会全体で支援することが必要だ。レベルの高い社会的支援サービスのシステムが不可欠であるが、それは介護保険の導入によって一昔前とは比較にならないくらい改善された。むしろ制度を使いこなす情報と才覚が必要になってきた。だから「手助けをみつけよ」なのである。
先の本田佳子さんの夫隆男さんは、妻の死後「最初にもう少し介護についての知識があったら、と悔やまれることもあります」と述懐しておられる(前出)。
ここに介護保険やテクノロジーを駆使した福祉機器や高性能のオムツが登場することになろう。
「がんばらなくてよい」というと 本当は頑張った方が良いのだけれども、お互いに「辛抱しよう」という雰囲気が背景にある。結局は介護されている本人に「がんばって」介護されている場合と「がんばらない」で介護している場合と比較してもらわなければならない。そういう視点からの調査があれば「がんばらない」介護が本物だという説得力をもつだろう。
介護者が「頑張らなくても」、介護される側も「快適」「尊厳」、介護する側も「安心」「自分の生活」を得られることそれが、「頑張らない介護」の新しい地平だろう。
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